活動報告

北広島高校生物部論文2010

2010年調査

北海道北広島高校生物部部員の皆さんは身近な河川に生息する外来種の問題を考えるため、アメリカザリガニについて調査しています。研究の成果を 送っていただいたので、ご紹介します。調査によると、札幌市内ではアメリカザリガニが生息する河川が増えており、越冬する個体や繁殖も確認されています。

身近な河川における外来種の生息調査(第二報)
-アメリカザリガニの越冬と繁殖―

北海道北広島高校生物部
3年 谷川舜介 石山弘朗
2年 宮本雅浩 八木哲史
1年 松下茜 横溝翼

1 はじめに

私たち北広島高校生物部は、2008年8月に安春川でエゾトミヨの採集調査をした際、多数のアメリカザリガニを採集した。ここから「一般的に北海道では越冬できないと言われている外来種のアメリカザリガニが何故この川に生息しているのか」という疑問を感じ、昨年度の論文で「アメリカザリガニは下水の高度処理水などにより温度環境が特殊になる場合に生息および越冬が可能になる」という結論を出した。
2009年12月、冬期間に水源となっている排水が止められて流れのなくなった屯田川で調査をした。その際、ほぼ0℃の水が溜まった地点で、稚ザリガニを発見した。それを受けて私たちは「低温に耐性のあるアメリカザリガニが河川環境に新たな影響を与えるのではないか」と考えた。
そこで、本研究は昨年に引き続き「アメリカザリガニの越冬と繁殖」について周囲の環境との関係を踏まえて調査を行なった。

2 アメリカザリガニについて

エビ(十脚)目アメリカザリガニ科。体長は80mm~120mmほどで寿命は約5年。雑食性で体色は赤褐色。水温約10℃~30℃の水深が浅くて流れのゆるい泥底に生息。汽水域でも生息可能。
北海道を除く日本全国に広く分布している。例外的に北海道では十勝川温泉、ポロト湖、函館湯の川などの温泉水が流れ込むところ
に限定的に分布するとされる。また、過去に生物部で札幌市内の河川を調査した際散発的に採集された。北海道での分布が限定されるのは冬の低水温のためとされる。

3 調査の概要

身近な河川における外来種の生息調査(第二報)-図1 各調査地点を図1に示す。安春川のSt-1においては2008年11月下旬から2010年8月下旬にかけて定期調査を行ない、東屯田川のSt-3、ポロト湖から流れ出す川(以降、「ポロト湖」とする)のSt-5で2009年8月、2010年8月に調査を行なった。茨戸耕北川のSt-4、St-6では2009年8月から、屯田川のSt-2では2009年8月と10月下旬から、それぞれ2010年8月下旬まで定期調査を行なった。
また、2010年8月下旬に茨戸耕北川のSt-6と安春川のSt-7でカゴ罠による調査を行なった。

4 調査方法

各調査地点において手網(20cm×30cm)を用いて、5~6人で魚とアメリカザリガニを約1時間かけて採集した。加えて2010年8月下旬に、水深が深いため調査できなかった茨戸耕北川下流部と安春川下流部においてカゴ罠2種類(42cm×25cm×25cm、58cm×40cm×18cm)を3日間設置した。環境の変化を調査するために魚は種類とそれぞれの個体数を、アメリカザリガニは成長および繁殖を調査するために、個体数と体長、性別、右鋏の長さを計測して記録した。また、調査日の気温と調査地で計測した水温を記録した。採集した生物はデータに人為的な要素が入らないように、採集地に放した。

5 アメリカザリガニの越冬・繁殖についての考察

今回の調査では安春川、屯田川、茨戸耕北川、ポロト湖の4地点で多数のアメリカザリガニの生息が確認され、さらに安春川と屯田川ではアメリカザリガニの越冬・繁殖も確認できた。
また、安春川、屯田川、東屯田川、茨戸耕北川は創成川水処理センター管轄の創成川水再生プラザからの下水を処理した高温の高度処理水を水源としている。
ここでは、調査を行なった5河川でそれぞれ「アメリカザリガニの越冬・生息および繁殖」について考察した。

身近な河川における外来種の生息調査(第二報)-図2

① 安春川
図2に2008年11月から2010年8月までの水温気温の変化を示す。
図3に2008年11月から2010年8月に採れたアメリカザリガニの各月ごとの最大、最小値と平均値を示す。また、各月ごとの個体数を図4に示す。
ヨシなどの植物が繁茂していて、川底には多くの泥が堆積しており、アメリカザリガニが生息できる環境であることが分かる。
2003年に生物部で調査を行なった際、アメリカザリガニは確認されなかった。2008年8月下旬には、アメリカザリガニが多数確認でき、2008年11月下旬より2010年8月下旬までアメリカザリガニが採集され続けた。前述の通り、安春川は1年を通して、下水の高度処理水が水源として流されている。この高度処理水は10度以上の水温を保ち続ける。2009年2月に、実際に計測すると13,5℃だった。高温の高度処理水が冬期間も流される事で、アメリカザリガニの好適環境が保たれ、越冬が可能になったと考えられる。また、2009年8月末の調査から稚ザリガニが確
認されるようになったことにより、この河川でアメリカザリガニが繁殖していると思われる。
図4に示されている通り、安春川のアメリカザリガニは増加傾
向にあるように思われる。今のところ目立った変化は見られないが、今後、アメリカザリガニの増加による河川環境への何らかの影響が考えられる。

② 屯田川
2009年8月、10月下旬から2010年8月下旬にかけて調査を行なった。
屯田川は高度処理水を水源としているが、11月から5月にかけて排水が止まる。2009年12月下旬に、水が無くなった地点の雪を掘り返したところ、落葉や枯れ木の下に、冬眠しているかのように活性の落ちた個体が多数確認された。また、一部水が溜まる地点があり、水面が凍ってしまうが、その氷の裏に同様に活性の落ちた稚ザリガニを確認することができた。
これらの結果とアメリカザリガニが高い環境適応能力を持っている事から、一般的に不可能とされていた「北海道での越冬」が可能になったと考えられる。また、秋から春にかけて多くの稚ザリガニが確認されていて、2010年4月には抱卵個体も確認できたことから、この河川でアメリカザリガニが繁殖していることも確認された。また、このような低温に耐性を持つ個体が生息域を拡大した場合、今までは水温域の違いで棲み分けが成立していたニホンザリガニへの影響も考えられる。

③ 茨戸耕北川
2009年8月下旬に調査を行なった際、、三面コンクリートで固められている上流に点在していたヨシの根元などで、40匹のアメリカザリガニが採集され、うち1匹が抱卵個体であった。
茨戸耕北川は毎年11月頃に、水源である高度処理水の排水を止めてしまうため、秋から冬にかけて、アメリカザリガニが確認された地点の水が無くなっていた。排水の再開された後に行なった2010年6月下旬の調査ではアメリカザリガニが確認できなかったが、同年7月下旬と8月下旬の調査においては3、4匹程度アメリカザリガニを確認することが出来た。
2009年と2010年のどちらも8月下旬に調査を行なったが、採集された個体数は目に見えて減っている。また、2010年8月にヨシなどの植物が繁茂していて、アメリカザリガニの生息が可能な環境と思われる下流に罠を仕掛けたが、アメリカザリガニが確認出来なかったことから、2009年に確認された個体は越冬出来ずに死滅したと推測される。
越冬が不可能で冬に死滅してしまうにも関わらず、アメリカザリガニが茨戸耕北川で発見されたのは、人為的な放流が行われたためと考えられる。また、2009年以前に周辺の住民により確認された個体も放流されたものだと思われる。しかし、茨戸耕北川ではアメリカザリガニの定着が不可能なため、他の生物への影響はあまり無いと思われる。

④ 東屯田川
2009年8月にアメリカザリガニの死骸が確認され、2010年8月の調査では生存個体・死骸共に確認されなかった。この河川は屯田川同様高度処理水を水源としており、秋から冬にかけて排水が止まる。三面コンクリートで固められているが、一部を除いてヨシなどが繁茂していることからアメリカザリガニが生息できる環境であることがわかる。
しかし、この河川環境はアメリカザリガニが越冬に失敗したと考えられる茨戸耕北川に近い。そのため、この河川で多くのアメリカザリガニが放流されたとしても、越冬できずに死滅する可能性が高いと考えられる。

⑤ ポロト湖
2009年8月の調査では、アメリカザリガニが植物の根元などで採取された。2009年に採集した個体の中に抱卵個体・稚ザリガニが確認された。調査地点にはヨシなどの植物が繁茂しており、河床には多くの泥が堆積している。また、温泉水が流れ込んでおり、冬期間も水温が高く保たれている。これがアメリカザリガニの越冬を可能にしていると思われる。
2010年8月の調査では、100mmほどの大きさの個体しか確認されなかった。しかし、魚の種類や気温・水温などの環境に変化がないため、繁殖に失敗したとは考えにくい。そのため、継続してアメリカザリガニが繁殖していると考えられる。

6 アメリカザリガニの越冬に対する考察のまとめ 

調査地を全体的に見ると、生い茂っている植物や堆積した泥などがアメリカザリガニのおもな生息場所になっている。高度処理水や温泉水によって冬期間も河川の水温がある程度高く保たれている地点では、アメリカザリガニは冬眠せずに越冬しているといえる。三面コンクリートで固められている箇所では、冬期間に高度処理水の排水が止まるため越冬できないと考えられる。しかし、排水が止まっていても、川岸に植物が多く、川底に泥や落ち葉が堆積している地点では、溜まった水の水面にできた氷の裏と、水が無くなった部分に積もっている雪を掘り返したところの落ち葉や枯れ木の下に、冬眠しているかのように活性の落ちた個体が確認されている。そのため、そのような地点ではアメリカザリガニが越冬していると考えられる。要するに、アメリカザリガニは冬期間に生息環境が好適水温付近に保たれれば冬眠せずに越冬し、水温が低いなどの状況でも落ち葉の下などで冬眠して越冬する場合がある。このような低温に耐性を持ったアメリザリガニは今後生息域を拡大していくだろう。そうなった場合、棲み分けが成立していたニホンザリガニへの影響も考えられる。

7 魚との関係

アメリカザリガニと魚の関係について考察した。
2008年11月から2010年8月までに安春川で採れた魚の種類と個体数を表に示す。
安春川のアメリカザリガニの個体数は増加傾向にあるように思われる。しかし、採集された魚の種類と個体数には、各月により多少の違いはあるものの、全体として大きな変化がみられない。
安春川では準絶滅危惧種の「エゾトミヨ」が、屯田川では絶滅危惧Ⅱ類の「エゾホトケ」が少数確認されている。一般的にアメリカザリガニは河川環境を変化させたり、在来生態系に影響を与えると言われているが、環境の変化に弱く、外来種などの影響を受けやすい絶滅危惧種が確認されたことから、今のところアメリカザリガニの生息による大きな影響があるとは言えない。しかし、今後アメリカザリガニの生息域が拡大したり、既に定着している地点で個体数が増加した時、在来生態系に何らかの影響を与えることも考えられる。身近な河川における外来種の生息調査(第二報)-表1

8 まとめ

今回の調査ではアメリカザリガニの越冬について考察してきた。安春川の調査結果から、おそらくアメリカザリガニは外部からの人為的な放流で、河川に簡単に定着してしまうこと、高い環境適応能力により、不可能とされてきた北海道の河川での越冬をしてしまうことがわかった。加えて、冬期間に水がなくなる屯田川のような地点でも、稚ザリガニや抱卵個体など繁殖を裏付けるものも確認されていることから、アメリカザリガニが生息域を拡大する可能性は非常に高い。本州などのアメリカザリガニが広く生息している地域では、アメリカザリガニが在来生態系に多大な影響を与えるという事例がある。よって、屯田川で確認されたような寒さに強い個体が生息域を拡大することで水温域の違いにより棲み分けが成立していたニホンザリガニに影響が出かねない。
前述の通り、アメリカザリガニは、冬期間の低水温により本来北海道には生息していないというのが、一般的に言われている常識である。しかし、今回の調査を通してわかったことは、その「常識」を根底から崩壊させるものである。このように自然界の「常識」を簡単に変えてしまえることを人間はもっと自覚する必要がある。一部メディアでも報道されたが、私たちは2010年6月下旬のSt-1での定期調査の際に、体長40㎝を超えるカミツキガメを捕獲した。このカメは外来種であり、環境省により殺処分が決定され、すでに警察に回収されてしまった。この一連の出来事に際し、私たちが感じたのは人間の自然および生物に対する意識の低下である。それが上記の「常識」を変えてしまうのだ。地球規模で環境を守ろうとするのも大事だが、目の前にある身近な環境から守るべきだ。アメリカザリガニを含む外来生物はその一例に過ぎない。人間は手の届く範囲の自然に対して一人一人が責任を負っているのだ。

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